東京に疲れたOLは、インドに呼ばれた。

2018.12.19

インドには自分の意思で行くんじゃない。インドが俺を呼ぶんだ。インドに呼ばれるんだ。インド好きな人は口をそろえてそう言うけど、私もその一人だ。

インドに呼ばれた当時、東京で働き始めて1年半。当時の私は言いようのない息苦しさを抱えていた。「ちゃんと」大学を卒業して、「ちゃんと」就職して、「ちゃんと」お化粧をして、「ちゃんと」満員電車で通勤して。

誰に言われたわけでもないけれど、「ちゃんとしなくちゃ」という漠然とした思いだけがあった。自分で自分に課したルールに押しつぶされそうになった瞬間、「そうだ、インド行こう」そう思った。

私の中で勝手にふくらんでる「ちゃんとしなくちゃ病」をぶっ壊すためには、ガンジス河でバタフライするくらいの荒療治が必要だ。サラリーマンに足を踏まれながら東西線の中、私はこうやってインドに呼ばれた。

「インドに行ったあと1ヶ月お腹をくだした」
「電車の上に人が乗っていた」
「カレーしか出てこない」
「牛で道が渋滞してた」

ググれば出てくる、とんでもエピソードの数々。行く前から戦々恐々としつつ、だけどどこか楽しみにしながら出発までの日を過ごした。

実際のインドはやっぱりとんでもなかった。牛のせいで道が渋滞し、電車の上には人が乗っており、カレーばかり食べた。

だけどその中でも、いちばんあたたかな思い出の話をさせてほしい。

ジャイプルという街に滞在していた日のこと。日が暮れる前にどうしても新鮮なラッシーを飲みたくなった私は、お散歩に出かけた。

ホテルのすぐ裏の道は住宅街で、子どもたちが自転車に乗ったり鬼ごっこらしきことをしてる姿が見えた。一軒のジェネラルストアで試しに「ラッシー屋さん知らない?」と聞くと、おっちゃんは満面の笑み。「おうおう!ラッシーなら、ここにあるとも!!」何やらクーラーボックスをごそごそ。ああ、私が飲みたいのは、搾りたてのミルクで作ったラッシーであって、謎の袋づめ飲料ではなかったんだけど…。そう思うも、時すでに遅し。おっちゃんはビニール袋にストローをぶっさし、笑顔で手渡してくれたのだった。飲むヨーグルトから甘みをすべて抜きさったみたいな味がした。そしてそれは真夏の缶ビール並みにキンキンに冷えていた。「1日1杯コイツを飲みゃあ、腹痛なんてオサラバよ」と彼は豪語した。いいや、おそらく日本人の多くは、冷たい飲むヨーグルトを一気飲みしたらそれだけでトイレに駆け込むと思うよ…。

怪訝そうにビニール入りヨーグルトを飲む私を、もっと怪訝そうな顔で子どもたちが見ていた。日本人がめずらしいのだろう。「やほー」と声をかけると、みんな照れながら「やほー」と返してくれる。カメラを取り出すとみんな興味津々で、どんどん子どもたちが集まってきた。男の子はノリノリでピースしてくる。女の子たちは、初めこそ隠れようとするが、数分も経てばはにかみながらポーズをきめてくれる。

その様子を近くで見ていたバナナ売りのおっちゃんは、バナナを1本もいで、手渡してくれた。お金を払おうとすると、「ええがなええがな」と受け取ろうとしない。ありがたくいただき、恐る恐る口にしたけれど、熟れて甘いバナナだった。10人近くもの人間に観察されながらバナナを食べるのは、ちょっと緊張した。「皮はどこに捨てたらいいの?」と聞くと、子どもたちは口を揃え「下にポイ!」と言う。罪悪感はあったけど、言われたとおり「ポイ!」ってした。どうか誰も、あのバナナの皮でこけませんように。

そろそろ行くね、と言って歩き出すと、子どもたちがみんなついてきた。「ゆり!ゆり!」「もう1枚だけ!写真とってぇぇぇぇぇぇ!」仕方ないなあ。「オレも!とってぇぇぇぇぇぇぇぇ」

自転車を乗り回し、はしゃぎまくる子もいれば、控えめに話しかけてきて、「どこからきたの…?」とささやくような小さな声で尋ねてくる子もいる。

女の子はみなマニキュアをしている。メヘンディ(植物の粉で肌に描いた模様)をしている子もいる。鮮やかな色で染められた手はみな美しく、私はすこし羨ましくなる。インドの華やかな色彩感覚は、こうやって磨かれていくのだろう。高校生くらいまで、「おしゃれは悪」と叩き込まれてきた。メイクをしてはいけません。髪を染めてはいけません。だけど、きれいなものを見て、自分もきれいなものを身に着けたいと思う気持ちは健全なはずだ。感傷に浸る私の手を、ひまわりみたいな笑顔の子がぐいぐいと引っ張る。

「わたしもカメラつかいたい!」

ちょっとためらった末、彼女の首にゆっくりとストラップをかけ、カメラを渡した。ふだんなら絶対に初対面の人にカメラなんて渡さないのに。

子どもたちは一瞬で使い方をマスターした。日本で大人に貸すときよりも、なぜかずっと安心感があった。彼らはみな恭しくカメラを扱う。最初に使い方を覚えた子が、他の子に使い方を教えてあげる。神妙な面持ちで彼らはシャッターを切る。撮れた写真を見て、歓声をあげて喜ぶ。ゆりを撮る!ゆり写って!こっち!早く!

写真の中の私は、いつぶりだろうという笑顔だった。

ひとしきりはしゃいだ後、「もうほんとに帰るね」と歩き出したら、それでも一番やんちゃだった少年3人組はついてきた。だけど、道の向こう側から来た車を見て「やっべ!パパや!もう帰るわ、ほなな!」と家にかけていった。

帰る前に彼らがくれたゴムバンドには「sweet friend」と書いてあった。

インドに行ってなんか人生が変わったかと言われれば、そんなことはない。帰ってきた翌々日からまたいつも通り6時に起きてメイクをして東西線で隣の人に足を踏まれながら会社に行く日々が始まった。

だけど思い出すたび、あのときの光景は私の心に居場所をくれる。牛の群れ、冷え切ったラッシー、子どもたちの顔、小さくて美しい手。私の常識と非常識がひっくり返る場所。

あのゴムバンドは今も、私のアクセサリー入れの中にそっとしまってある。

ライター

片渕ゆり

コピーライター・フォトグラファー。学生時代に海外ひとり旅のおもしろさに目覚め、現在は会社勤めのかたわら旅をしています。そろそろ世界一周に行こうとたくらみ中。Twitterとnoteで、毎日情報発信しています。

Twitter:https://twitter.com/yuriponzuu

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