わたしの旅の原点 イタリア・カプリ島

2018.12.21

イタリアにカプリ島という小さな島がある。ナポリから南へ約30キロの場所にあって、宝石のような青い海が見られる「青の洞窟」で有名な島だ。太陽の光をたっぷり浴びたレモンが名産で、ヨーロッパではリゾート地として知られている。
 
私は27歳の時、4年半勤めた新聞社を辞めた。まぁ辞めた理由は色々あるのだけれど、「旅に出たい」という欲を抑えきれなかったことが大きい。散々迷って、悩んで、最終的には「20代のうちは失敗しても何とかなる」という先輩の言葉に背中を押されて、ようやく退職を決めた。

そして、これまで背負ったものを振り切るかのように、もしくは溜め込んだ欲を発散するかのように、私はひとり世界一周の旅に出た。60日間でウズベキスタン、イスラエル、モロッコなど12カ国を忙しく旅した。「どこが一番良かった?」という質問にはいつも困ってしまうのだが、一番記憶に残っているのは、このカプリ島で過ごした時間だと思っている。

カプリ島はレモンが名産。いたるところにレモンの木があった。


 
実は、小学生の頃、家族でカプリ島に来たことがあった。父親の仕事の関係でロシア(当時はまだソ連だった。ちなみにロシア語は話せない)に住んでいたことがあって、子どもの頃はよくヨーロッパを中心に海外旅行に連れて行ってもらった、らしい。しかし、悲しいかな、はっきりと旅の記憶があるのは、日本に戻ってきた小学生ぐらいからなのだ。諸国を旅した経験はあるらしいが、事実上、カプリ島の旅が、私にとってほとんど人生で最初の、鮮明な、海外旅行の記憶になっている。

当時は親のお金で、プランニングもお任せで、あちこち親に連れられて、旅行をしていた。なんてことのない家族旅行だったのだけれど、それはそれは楽しかった。ホテルのウエイターさんがひょうきんな人で身振り手振りで笑わせてくれたこと、細い路地にひっそりとある香水屋さんでレモンの香りの香水をつけてもらったこと、浴衣を着て街を歩いたら色んな人に声をかけられたことなど。断片的な記憶ではあるが、どれも私の中に息づく、大切なひと夏の思い出だった。

そんな記憶を紐解きながら、およそ20年ぶりの再訪である。自分で稼いだお金で、自分で宿の予約して、旅のルートを決める。それだけでワクワクした。「青の洞窟」などカプリ島の名所をじっくり見たいとも思ったが、家族写真を引っ張り出してきて、写真に写る20年前と同じ場所を探すことにした。ちょうどSNSで昔の写真と同じ構図で家族写真を撮ることが流行っていたことがヒントになった。

小学生の私と、カプリ島のホテルのウエイターさん

カプリ島は山がちな地形で、平坦な道は少なく、急な坂がほとんど。車も通れないような細い路地があちこちにある。オフシーズンだったので観光客はまばらだ。ほとんど誰も通らない秘密の小径を、野良猫と一緒に歩く。それなりの脚力を求められたが、散策するのは楽しい島だと思った。

小さい島とは言えど、やはり目星はつけたい。島の中心にある広場のカフェで、珈琲を飲んでいた住民らしき数人に写真を見せ、尋ねた。

「子どもの頃、カプリに来たことがあるんです。この写真に写っている少女は私。それで、この写真に写っている場所を探しているのですが、知っていますか?」

「うーん、分からないわ。あなた、分かる?」

「あら、かわいらしい女の子だったのね。これは…多分アナカプリにあるヴィラ・サン・ミケーレじゃないかしら?」

アナカプリとは、カプリ島の西側の地域のこと。ヴィラ・サン・ミケーレは、スウェーデン人医師が19世紀後半に建てた邸宅で、工芸品のコレクションが飾られている場所だという。名前も聞いてもピンと来なかったが、バスに乗って、とりあえず現地に行くことにした。

カプリ島にいた猫

バス停を降りて、急な崖沿いに作られた階段を登る。ぽつんと立っているヴィラ・サン・ミケーレ。本当にここなのか。確証はなく、最初は半信半疑だったが、ヴィラ・サン・ミケーレの庭に入ってすぐ、写真に写る景色とまさに同じ景色が目に飛び込んできた。銅像は少し色が変わって、蔦は立派に成長していたけれど、基本的に20年前の様子と変わらなかった。あぁ、ここだ。私が子どもの頃に来たのは。紛れもなく、この庭だ。素直に嬉しく、感動した。

夢中になって、過去の写真と同じポーズをして写真を撮る。子どもながらに自分を魅せるポージングがうまいな、なんて思いながら。少し恥ずかしかったけれど、この場所にまた出会えたことをどうしても残しておきたかった。普通の観光客の倍以上の時間を過ごしたと思う。ナポリ湾を一望できるテラスでしばらくぼーっとしていた。帰り際、受付の女性に、20年ぶりに訪れたことを告げた。すると、「来てくれて嬉しいわ。素敵な場所でしょ?またいつか来てね」と話してくれた。
 
その後も、自分の足と、カプリ島の地図と、地元の人の証言(皆さん優しく一生懸命に教えてくれた。たとえ言葉が通じなくても何とか理解しよう、伝えようとしてくれるのが印象に残っている)を頼りに、ひたすらに歩いた。記憶のパズルを組み合わせるように、ワクワクしながら、島中を歩いた。気がつけば、その日は約3万歩歩いていた。

結果、何枚かのスナップ写真は偶然街中で見つけることができたけれど、記憶にあった香水屋さんはもうなくなっていて、陶器を扱うお土産屋さんになっていた。オーナーによると数年前に店が変わったらしい。ささやかな記念に名産のレモンが描かれた小さなマグカップとミルク入れを買った。

そして、当時泊まったホテルは残念ながら冬季休業中で無人だった。ホテルの周辺に住む人たちに聞いてみたが、お世話になったウエイターさんの所在はつかめなかった。それに観光名所の「青の洞窟」は2泊3日の滞在中、何度かトライしたが、結局滞在中は悪天候のため行けなかった(やはり冬場はなかなか入れないようだ)。

それでも、私は不思議と満たされていた。この旅の大きな大きな目的を達成できたから。20年という決して短くない時間をタイムスリップするように旅することができたから。私にとって、旅が人生に欠かせないものだと再確認できた気がするから。生まれ故郷の日本から離れた、いち旅先にしか過ぎなかったカプリ島という場所が、より一層愛おしく感じられた。



フリーのライターになって、この秋で3年目を迎えた。ありがたいことに、今もこうして、やりたいお仕事を続けさせてもらっているし、好きなように旅することができている。あのタイミングで新聞社を辞めていなかったら、私はどうなっていたのかな、なんて時々考える。そこに後悔はない。つい先日、30代に突入したが、まだまだ挑戦してみたいことが沢山ある。「30代でも失敗してやるよ!」。そう言ってこれからも生きていけたらなと思えている。
 
きっとずっと、これからも私は旅を続ける。また数年後、もしかしたら数十年後になるかもしれないけれど、このカプリ島を訪れたい。



ライター

五月女菜穂

1988年東京生まれの旅と演劇を愛するライター。朝日新聞記者として取材経験を積んだ後、2016年11月からフリーランスで取材活動中。17年1月から60日間の世界一周旅をして、同年5月に写真展券雑貨販売会を主催。渡航歴のある国は40カ国を超えたが、まだまだ世界を旅していたい。趣味はジャズダンスと読書。

Twitter:https://twitter.com/NahooSotomee

HP:http://nahoo-sotomee.com/blog/

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