あの森の奥で息をして 北欧の小さな芸術村・フィスカルスのこと

2018.12.22

25歳のときヨーロッパ周遊の旅に出た。
そのころ私はというと、はじめて就職した会社で仕事がうまくいかず、心がぽっきり折れてしまっていた。

きれい・うれしい・たのしい・おいしい。
そういう感情がスコーンとどこかへ行ってしまって、目の前にふってくる出来事や言葉に、いちいち涙してた。

そんなとき唯一無心になれた時間は、旅の空想予定表をつくる時間。
夜な夜ないつか行きたい街や美術館を検索しては、そこに行くまでの最安ルートを調べたり、
かわいいゲストハウスをリストアップしたりして、日頃の鬱憤を晴らしてた。

そんなあるとき、ふっと
「自分の大好きなもの・美しいものにひたり続ければ、前みたいに元気になれるかも」
そう思って、仕事を辞めて、口座にあったお金と空想旅程表を握りしめて、ヨーロッパに旅立った。

けど悲しいかな。
現実は、心が沈んだまま。旅先に持って行ってた自分の仕事(副業でデザインの仕事をしてた)も、
全くできなくなり中途半端に投げだしてしまう始末。

どうしようどうしようと焦るばかりのまま、ただ町から町へと歩き続け、旅の最終日を迎え、
最後にフィンランドのフィスカルスという村にたどり着いた。

フィスカルス村は、郊外の森の中にある、小さなアーティスト村。
昔は、オレンジ色のハサミで有名な製鋼会社「FISKARS」がこの場所にあって、
その従業員たちが住む街として賑わっていたけれど、時代がうつりかわり工場は閉鎖してしまった。
それから長い間廃墟だったこの村に、いつからか若いアーティストが工房を構えるようになり、
古い住居や工場や倉庫の跡をリノベーションしたアトリエやギャラリーが増え、
今では100人以上のアーティストが住む場所として生まれ変わったのだという。

何かのニュースでこの村のことを知って、北欧に行くなら絶対訪れようと心に決めていた。

————

ヘルシンキから電車とバスを乗り継いで2時間。
車窓からの景色は、どんどん森らしくなっていく。
6月のフィンランドの風は爽やかで、森の木々もきらきらと青く輝いていた。

バスの中には、たまたま日本人の女の子がいた。
「デンマークでガラス工芸を勉強しているの」と話してくれた。
北欧でものをつくるということ、についてそのまましばらく話をした。

村の入り口にバスがついたら、彼女は知り合いの工房に行ってみるのだという。
私はあてもなく散歩したい気分だったから、「よい1日を」と言って手を振って別れた。
森の奥へと歩いてく彼女の背中を見送って、さて、とあたりを見渡すと、そこは、この旅で出会ったことがないくらい、穏やかで、静かで、心地よい空気の流れる場所だった。






森の中にあって、村の中心をさらさらと小さな川が流れる、ほんとうにほんとうに小さな村。
川沿いには点々と、アーティストの工房や、小さな夏の別荘が佇んでいた。






小川のほとりには、小さなケーキ屋さんもあった。
ショーケースを眺めていたら、奥からひょっこりオーナーの女性が顔を出して、笑顔で迎えてくれた。
「日本人の子、たまにくるのよ」
そう言っておすすめのケーキを教えてくれたから、少しお茶することにした。

北欧らしいデザインのカフェスペースに、スローな音楽がかかってて。
でも飾った雰囲気のない、静かな場所で。
なんか落ち着くな、と思いながらケーキを一口食べてみてびっくりした。

こんな小さな村に、こんなおいしいケーキがあるの?

正直人影もまばらで、お客さんがいるようには見えなかった。実際今ここには私しかいない…。
それなのに、こんなおいしいケーキがここにある。
なんかちょっともったいない、一瞬そう考えて思い直した。

いや、これでいいんだ。
おいしいって思えるものを、自分の好きな場所で、作りつづけること。
おいしいって言ってくれる人の顔をひとつひとつ思い浮かべながら作ること。
それでいいんだ。

ケーキ屋さんのお隣は、雑貨屋さんだった。
「AUKI OPEN」という看板の横には「POISSA 5MIN」という手書きのメモが貼ってあった。
フィンランドの言葉はぜんぜん読めないけど、たぶん「5分待ってて!」という意味だと思う。
くすっと少し笑えた。いいよ、待つよ。そういう時間もあってもいいよね。

旅に出る前、私は、少しでも早く仕事ができるようになりたかった。
でも理想と現実の自分には大きなギャップがあったし、
「おとな」の世界の理不尽に立ち向かう武器もなくて、
そのことに焦るばっかりで、ある日ぽっきり折れてしまった。

カフェを出て、ふらふらと散歩を続けていたら、ハンモックのある素敵な庭を見つけた。
写真を撮ってたら後ろからきた女性が立ち止まってじっと見てて。
もしかしてここの家主さんかな? 怒られるかなって不安になっていたら、
ぐっと親指を立てて。

「You found a nice place!」

いい場所を見つけたわね。
そう言って彼女はニコッと笑って去っていった。

たったそれだけのことだったけど、じわじわと、子供が褒められたみたいにちょっと嬉しくなった。

ここの空気は、気持ちいい。
やっと呼吸ができるようになった気がする。

その後、予約をしていたゲストハウスに向かった。
木組みの一軒家で、1階が陶器の工房、2階がゲストハウス。
アーティスト村っぽいしつらえだな、と思った。

迎え入れてくれたのは、おおらかな表情の女性で、Lea。
彼女がゲストハウス、弟さんが1階の工房を営んでいるのだと言う。
遠いところよく来たわね、ゆっくりしなさいねと案内してくれたお部屋には、デザインや芸術関係の本がいっぱいあった。

ものを作る人の家だ、とすぐに感じた。

ベッドのある部屋は、屋根裏部屋みたいな秘密基地みたいな場所。
なんだかちょっと嬉しくなって、あちこち見て回ってたら、壁の中から「くあ。くあ。」と、何かの鳴き声がする。なんの声?と聞いて見たら、「壁の裏に煙突があってね。そこにカモメが住んでるのよ」なのだという。

その夜、ひとり、屋根裏のソファでぼーっとした。
しとしと小雨がふる夜で。夜だけど、北欧は白夜だからほんのり外は白んでいて。
ときどき、壁の中で、くあ、くあ、とカモメが鳴く。

明日、私は日本に帰る。
今朝まで、ずうっと焦っていたのだけど、今はとっても静かな気持ちだ。

明日、私は日本に帰る。
帰ろう。帰って、もう一度何かやってみよう。

ーーーーーー

さいごの朝、起きてダイニングに行くと、
テーブルいっぱいに色あざやかな野菜やフルーツが並んでた。
Leaはほかほかのスパニッシュオムレツを焼いてくれた。
パンもたっぷり。

私一人のためにこんなにたっぷりの朝食を整えてくれたの?

うれしい!びっくり!ほんとにいいの?

次々にわいてくる感情や感動を、伝えられないのがもどかしい。
拙いことばで「おいしそう!」「ありがとう!」と伝えてテーブルについて、いただきますをした。

Leaも一緒にすわって、いろんな話をしてくれた。
彼女は、ノキアの元デザイナーさんだった。
今はフリーでグラフィックやイラストの仕事をしながら、
弟さんと、このゲストハウスを営んでいるのだという。

わたしも日本でデザインの勉強をしていたんだよ、と言うと
「あら」と言って、日本のデザインや北欧のデザインについて話をしてくれた。
「デザインってさ」「ものをつくるってさ」という話を、肩の力を抜いてできたのはとてもひさしぶりだった。
彼女の話の何パーセントを聞き取れてたかわからないけど、この時間を過ごせたことが、とても幸福だった。

そしていよいよ、Leaやフィスカルスと別れの挨拶。
元気でね、ありがとう、とお礼を伝えて、スーツケースを転がして、宿を出た時。
ふとテラスを見ると、彼女のスケッチブックが開いてあった。
そこに書かれていたのは、たぶん、猫。とってもラフな、練習書きのようなイラストだった。

その瞬間、「ああ、大丈夫だ」、ストンと、胸につかえていた何かが落ちるのを感じた。

日本に帰った次の日。
カードの引き落としがあって貯金がほぼゼロになった。
次の月の家賃を払ったら、もう完全に、ゼロ。
まいったなこりゃ!
まあでもなんとかなるだろ!と、あははと笑った。
(10日後に派遣で仕事を見つけて、ギリギリなんとかなった)

それから紆余曲折を経ながらも、なんとか、つくる仕事を続けて今日までなんとか生きている。
あのとき思っていた未来とはちょっと形が変わったけれど、総じて毎日しあわせだ。

帰国した後も、相変わらず不器用で、やりたいことや夢や理想がぶわっと先走ってしまいがちで、
事あるごとにすぐ泣いてしまうけど、でも、わたしはぜったい、大丈夫。

ものをつくるとき、
しごとするとき、
道にまよったら、私はフィスカルスのあの景色を思い出す。


森の中を流れる小川を。
人の気配が残るアトリエを。
POISSA 5 MINの貼紙を。
You found a nice place!の声を。
壁の中のカモメの鳴き声を。
食卓いっぱいの朝食を。
Leaとしたデザインの話を。
あのテラスのスケッチブックを。

それぞれ、たった一瞬の出会いだったけど、もう一度会えたら、あのときはありがとうって伝えたい。
あなたたちの村や作ったものたちのおかげで、今日もわたしは元気だよ。

ライター

MINAMI

文化と地域のためのPR/デザイナーとして活動中。物語のある風景・雑貨・アートを求めて、カメラ片手に旅するのが好き。2018年から「瀬戸内かわいい部」に参加し、故郷の”かわいさ”や”いとしさ”を探し伝えていくことをめざしてゆるやかに活動中。

Twitter:https://twitter.com/minami9ram

Instagram:https://www.instagram.com/minami9ram/

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