本当は何も知らないんだ。「普通」だった僕が旅に出る理由

2018.12.24

「旅に行って人生が変わった」

ある人は、こんなセリフを口にする。平凡な人生を送っていた人が、旅に出ることで大きく価値観が変わり、時には進路まで変えてしまう。でも僕は、ずっとこう思っていた。「旅に行ったくらいで人生は変わるはずはない」と。

しかし、こともあろうか僕もまた、旅に人生を翻弄された1人だ。底なし沼にはまるように、まさか自分が旅の魅力に囚われてしまうとは。そして、今「旅が仕事」になるとは。

これは、僕が旅に出会い、人と出会い、どう人生が変わったかの物語である。

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僕は、いわゆる普通のサラリーマンの子どもとして生まれた。別に、小さい頃に海外に住んだこともなければ、家族で遠い地に旅に出るようなこともなかった。大きくなり、地方大学に進学した。入学した学校は、ちょうど英語教育に力を入れていて、校内を外国人がよく歩いていた。

漠然と彼らを見て、「いつか僕も海外に行きたい」と思うようになった。そこで僕は、大学3年生の夏から1年間アメリカの大学に行こうと勉強を始めた。その甲斐もあり、英語の試験はクリア。あとは申請書類を書いて応募するだけ。「いよいよ憧れの海外に行けるんだ」という思いで心が弾んだ。

そんな楽しい時間は、突如終わることになる。家庭の事情で、どうしても留学に行けなくなってしまったのだ。自分がそれまで思い描いていた海外での生活は脆くも崩れ去った。

挫折感に打ちひしがれながら過ごしていた僕に、転機が訪れる。
大学3年生になった年の春、僕は大学の図書館でぼーっと本を眺めていた。新書コーナーを眺めていると、ある1冊の本に目が留まった。

タイトルは「僕が旅に出る理由」

その本には、日本の大学生たちが海外をバックパッカーとして旅して、どんなことを見て、聞いたかが短編小説のようにまとめられていた。

親切で優しいイラン人の話、インドで食あたりした話、ベラルーシ人の家に招かれた話・・・。

自分とそう変わらない年頃の人たちが、海外でこんな面白い経験をしているなんて。それまで海外=留学くらいのイメージしかなかった僕は、強い衝撃を受けた。それと同時に、自由に海外を旅することに強い憧れを抱いたのだ。一度は諦めていた海外への道が見えてきたような気がした。

そして、その夜決意した。「この夏、海外ひとり旅にでかけよう」

決まってからはとても早かった。インターネットでバックパッカー初心者におすすめの国を調べ、行き先をタイとカンボジアに決めた。期間は、夏休みの2週間。渋る両親を説得し、ほんの数週間で航空券を買った。僕はかつてない興奮に包まれていた。

出発する日になった。澄み切った青空は、旅に出る僕をあたたかく迎えてくれるようだった。

人生で初めての海外ひとり旅。チェックインをして、パンパンに詰めたバックパックを航空会社に預ける。保安検査を通り、出発ゲートの前まで来た。決まっているのは、航空券のルートだけ。

「2週間後、僕は無事に日本に帰ってこれるのだろうか・・・」

不安と期待が入り混じる中、僕は飛行機に乗り込んだのだった。

僕がそれまで途上国に持っていたイメージは「貧しい・汚い・怖い」だった。テレビなどで見た、やせ細った子どもたちがボロボロの衣服を身に纏っている姿。これが僕の途上国だった。

しかし、実際に旅する中で、そのイメージは間違っていたことを目にする。最初に到着したのはタイ・バンコク。空港からタクシーを拾い、ハイウェイを走っていると、目の前には高層ビルの明かりが煌めいていた。

「僕が住む街より、全然都会じゃないか!」

バックパッカーの聖地カオサンロードは、もっと凄かった。

目抜き通りには、たくさんの人がビールを片手に談笑していた。ふと目をやると、バンドマンたちがマルーン5のジャガーを演奏している。0時という真夜中になっても、街の熱気はまだまだ収まらない。

道端に無造作におかれたプラスチックの椅子に腰掛け、先ほど屋台で買ったフルーツシェイクを飲む。

「なんて刺激的な街なんだろう」

すっかり街の雰囲気に酔いしれていた。そして、それまで自分が信じ込んでいたものが少しずつ剥がれ落ちて、新しくなっていくようだった。

タイを後にした僕は、カンボジアのシェムリアップに到着した。

シェムリアップは、かの有名な世界遺産アンコール・ワットのお膝元の街として有名だ。毎日世界中からたくさんの観光客が集まってきて、まさに人種のるつぼ状態である。

ある夜、腹ごしらえにナイトマーケットの道を歩いていると、適度に客に入りがあるレストランを見つけた。旅の中で学んだ外さないお店選びのコツは、「混んでいる店は絶対に美味い」だ。

店員さんにメニューを見せてもらい、値段を確認。よし大丈夫。

レストランで、ガパオライスをオーダーしてみた。香辛料が効いていてちょっぴり辛い。「あー、辛っ!」はにかみながら、ガパオライスを頬張る。

すると、ウェイターの少年が僕に話しかけてきた。「君たちはどこから来たんだい?」人懐っこい笑顔を向ける彼は、僕と同い年ぐらい。

僕は、その日あったことを話した。アンコール・ワットのこと、トンレサップ湖に落ちる夕日が綺麗だったこと・・・。彼は頷きながら、僕の話に耳を傾けていた。


楽しい旅の話も終わり、店員の彼に別れを告げようと立ち上がった。すると、彼はこう一言つぶやいた。

「またカンボジアに遊びに来てほしい。僕は日本に行きたくてもいけないんだ」

カンボジアは、最低月給が2万円もない。日給でなく、月給だ。都心部ではまだ仕事があるが、農村部では小作農しかすることができず、1日$2以下で生活する貧困層もまだまだいるという。

彼もまたその1人なのだ。彼のくしゃっとした笑顔の裏に、どんな苦労があるか僕にはわからない。ただ少なくても、彼にとって日本への旅行なんて夢のまた夢なのだろう。

僕は、はっとした。僕は大学生でありながら、数ヶ月バイトをして貯めたお金で海外を旅行している。お店では値切りるために口癖のように「お金がないんだ」と言うが、旅するだけのお金は持っている。

煌びやかにネオンが燈る街の影が、僕に落ちてきたようだった。

生まれる場所が違うだけで、こんなに人生は違ってしまうのだ。そしてこの経験は、世界にもっと目を向ける大切さを教えてくれた。

今は情報が溢れている。本屋に行けば、世界の絶景の本がたくさん並べられている。Instagramを開けば、自分の部屋にいながら世界の果てまで行った気分になる。では、もう旅する必要はないのだろうか?


いや、実際行ってみなきゃ何も分からないのだ。見て、聴いて、肌で感じてでしか分からないことはたくさんある。



僕は、いま旅ブロガーとして日本、世界を旅している。五感をフル活用してはじめて、世界が少しずつ僕らに見せてくれた本当の姿を、文章と写真を通してもっと多くの人に知ってほしい。まだ実現できていないことばかりだけど、そんな思いを胸に日々生きている。

少なくても僕は「旅に出て人生が変わった」1人である。あなたが海外に出て人生が変わるかは分からない。でも、もし少しでも興味があれば、勇気を持って一歩踏み出してみてはどうだろうか。

世界は、行ってみなきゃ分からないのだから。

ライター

Yoshi

旅ブロガー・フォトグラファー。東南アジアひとり旅をした経験をもとに、
旅初心者向けの情報サイト「Backpackers Wire」を運営。今でも日本、海外を旅しながら、現場の生の情報を発信中。

twitter:https://twitter.com/yoshi_bpwire

WEBサイト:https://bpwire.net/

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