「また会う日まで」彼女とした約束を胸にこれからも世界を巡り続ける

2018.12.25

ある日偶然目にした一枚の写真。そこに写る青いエーゲ海と白い風車に心を奪われた。
鮮やかにきらめく海。その海を見つめるように建つ6つの小さな風車たち。なんとも絵本のようなかわいらしいその光景は、灰色の私の世界に色をくれた。

当時の私は仕事に追われ時間に追われる、どこにでもいるような会社員だった。

毎朝同じ時刻に当然のように来る満員電車に乗り込み、息苦しい車内でそっと身を縮こませ、同じ席に座り、仕事に忙殺され、疲れて何もできないまま眠りにつく。
空っぽの生活で心が枯れそうだった。このままずっと同じ日々の繰り返しなのかと思うと1日がひたすら長くてつまらなかった。ため息で覆われた灰色の世界。

家に帰って眠ってしまったらすぐまた朝が来てしまうから、帰りたくない、とさえ。

空を渡る飛行機を見上げては思った。あの飛行機に乗っている人はこれからどこに向かうんだろう。ニューヨークかな。スペインかな。カナダ、トルコ、台湾、ベトナム、オーストラリア……。遥か彼方の地に想いを馳せることが増えた。

学生の頃から、世界を回るのが好きだった。アルバイトに明け暮れて、お金を貯めては日本を、世界を巡っていたのに。いつの間に私はあんなに好きだったことさえ忘れてしまったんだろう。

「どこかに行きたいな」

どこか、ここではないどこか別の場所へ。ああでも私は、一体どこに行きたいんだろう。なにをしたいんだろう。これから、どうしたいんだろう。

そんな自問を繰り返す中で出会ったのが、のどかで、穏やかで、かわいらしいミコノス島を切り取った写真。その光景に強く惹かれ、思った。

「自分の目でこの景色を見に行こう。もう一度世界を巡って、そうして生きていこう」

さあっ、と風が吹いたみたいに、心のはじっこあたりがふわり浮足立つ。
その風に誘われるようにして私はエーゲ海の島・ミコノス島へ行くことを決めた。

フェリーを降りてその島に着いた瞬間、一陣の風が吹き抜けた。髪と服を揺らすだけではなく、体ごと引っ張られる、強い風。堪えきれず一歩、二歩、よろめく。ミコノス島は強い風が吹くところだと聞いてはいたが、こんなにも、とは。

気を抜けばスーツケースごと転びそうになる程の風を何度も受けて少し気持ちが折れそうな私を笑うタクシーのおじさん。「すごい風だろう? これはきっとお出迎えの風だね」なんて、いい笑顔で言うもんだから、つられて私も笑顔になってしまう。
そうか、この強い風はそれだけ歓迎の印だったのか。なんて勝手に思ったりして。

宿に荷物を置いて早々に、ミコノスの街を堪能する。ミコノスにある建物すべては白で統一されていて、白以外に一色だけ別の色を使っていいと条例で定められている。ベランダをモスグリーンにした家、窓枠をサーモンピンクにしたカフェ、扉をスカイブルーにしたお土産屋さん。どこを見てもかわいく、楽しい街をカメラ片手に歩き続けた。






島の人はみんなとても優しく、親しげに声を掛けてくれる。「どこからきたの?」「ミコノス島は初めて?」「楽しんでる?」細く入り組んだ迷路のような街で、出会ったたくさんの人と会話を楽しんだ。
スパイス屋さんではミコノスのおすすめスポットを教えてもらいながらさまざまな種類のオリーブオイルをパンにつけて試食させてくれたし(何十種類も試させてくれるからそれだけでお腹いっぱいになった)、石鹸やスキンケア商品を売ってる店主は「日本のガイドブックにうちのお店が載ったのよ」と嬉しそうで、アクセサリー職人のお兄さんは選んだブレスレットを私の腕のサイズに調整しながら、「動画は撮らなくていいのか? InstagramにUPしてよ!」と笑っていた。

初めて来たのに、どこか懐かしさを感じる島の雰囲気はとても居心地がいい。初めましてと挨拶するよりも、ただいまと言う方が似合うような。日本からやって来た私をなんの違和感もなく受け入れてくれた。いいところだな、好きだなあと深く思った。

そして私は、あの写真の場所、風車へと向かった。

島のシンボルとなっている風車の周りには多くの人が集まっていた。だから、彼女とそこで出会ったのは単なる偶然で、でもその偶然が私にとっては大きな出来事となった。

「この風車、かわいいよね」

鮮やかで美しい海を背中に、防波堤に腰かけてぼーっと風車を見上げていたら声を掛けてきたのが彼女だった。
ハツラツとした笑顔が印象的な彼女はミコノスタウンのカフェで働いているという。あまりにも私がずっと風車を見つめているから気になって声を掛けた、ということらしい。

アンナと名乗る彼女がミコノス島に移住したのは半年ほど前。もともとアテネ出身のアンナは遊びに来たこの島を好きになりすぎて、ここで暮らしたいと思いすぐに準備を進めて移住したということだった。大好きな場所で楽しく暮らしていることがわかるようなアンナの笑顔は幸せに満ちていた。

その表情に触発されて、私も少し自分の心の内を話したくなった。
「私は、世界のいろんな景色をこの目で見てみたいんだ。そうやって生きていきたい」
そう拙い英語でアンナに伝えた。うまく伝わったかどうかわからないけど、アンナは「それは素敵ね!」と私の顔を覗き込んだ。

「じゃあ、いつの日かまたここで会おう。ヒトミが見た世界を私にも教えて」
彼女はキラキラした笑顔をして、「約束!」と言い残し去ってしまった。英語が達者でない私は、頭の中での翻訳に少し時間がかかる。アンナが言った意味を理解したとき既に彼女は坂を登って小さくなっていた。

この一連の出来事に呆然とした後、なんだかものすごく面白くなって、ふふふと込み上げる笑いを抑えきれなくなった。

アンナにはカッコつけてそう言い切ったけど、本当はまだ心のどこかで踏み切れないでいた。「世界を巡りながら生きていくなんて、私に本当にできるの?」と。

何かしたいと思った時に、それをやらない理由なんていくらでも用意できる。
日々時間に追われて、やりたいこともやりたくないこともごちゃ混ぜになってどっちもよくわからなくなっても、とりあえず1日を流すようにして暮らしていくことが、できてしまうから。

大変そう。お金もかかりそう。具体的にどうすれば。家族は。将来は。

並べ立てた「やらないための理由」で押し殺した気持ちはもやもやとした霧に変わって胸の中にぐるぐる渦巻くけれど、それを飼い慣らす術を私は知っている。
でも、そんな理由で無理やり自分を納得させてまた空を見上げるだけの灰色の日々に戻るのは、嫌だった。

「うん、約束したし。やるしかない、ね」

口に出したら、思った以上にすとんと心に落ちた。旅に出よう。世界を巡ろう。やらないための理由より、叶えるための方法を見つけたい。



ミコノス島を離れる日、アンナが働いているカフェを探してみたけれど結局見つけられなかった。でもきっと、いつの日かまたミコノス島に行って、風車を目指して歩けば会えるんじゃないかと思っている。

さあ次はどこに行こうか。ふわり、流れる風が優しく背中を押してくれた気がした。

ライター

もりした ひとみ

ゆるり旅する物書き。世界を巡りながら言葉を綴ります。旅、本、食、雑貨、うつわが好きです。

Twitter:https://twitter.com/tabinoco

note:https://note.mu/hitomi_m

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